韓国の国旗を徹底分析!国旗が持つ6つの秘密とは?

韓国の国旗を徹底分析!国旗が持つ6つの秘密とは?

韓国の国旗「太極旗(たいきょくき/テグッキ)」。スポーツの国際大会や外交について伝えるニュース番組などでよく目にしますが、その起源や意味についてはあまりよく知られていません。国旗は国のシンボルです。韓国がみずからのシンボルとしてこのデザインを採用した背景やいきさつ、あるいはそこにこめられた意味について知ることで、韓国という国についてさらに深く知ることができるのではないでしょうか?そこで今回は、韓国の国旗である太極旗の持つ秘密を6つご紹介したいと思います。




 

韓国の国旗を徹底分析!国旗が持つ6つの秘密とは?

 

1. 太極旗 そのデザインの意味①:白地と太極文様

まず、そのデザインが何を意味しているのかについてみてみましょう。太極旗の白は、明るさと純粋さ、平和を愛する民族性を示しています。真ん中の赤と青の太極文様は陰(青)と陽(赤)の調和を象徴するもので、宇宙の万物が陰と陽の相互作用によって生成し発展するという韓国の伝統的な宇宙観としての陰陽説を表しています。

 

2. 太極旗 そのデザインの意味②:四隅の四掛

黒の線が組み合わさったデザインが四隅にあります。これを「四掛」といいます。これは、陰と陽が互いに変化し発展する姿を爻(陰:- -(真ん中が途切れた横棒)、陽:─(一文字の横棒))の組み合わせによって示したものです。卦の中で、左上の「乾」は宇宙万物の中で天を、右下の「坤」は地を、右上の「坎」は水を、のこる左下の「離」は火をそれぞれ象徴したものです。そして、これらの四つの要素が太極を中心として調和を成しているさまをあらわしているものです。これは宇宙とともに長久の創造と繁栄を希求する韓民族の理想を含んでいる、とされています。

 

3. 太極旗誕生をめぐる従来の通説

国旗として太極旗が制定されるよりも前から、朝鮮王朝では太極と八卦を文様とする旗が、国王の「御旗」として使われていました。しかしながら、これは国王を表すものであって、国旗のように国全体を象徴するものではありませんでした。これまで、現在の太極旗のもととなったデザインは、明治期の日本に派遣された特命全権大使兼修信使・朴泳孝が1882年9月、日本との外交交渉にあたって国旗が必要だということになり、急遽、日本行きの船中で考えたものとされてきました。しかしながら、最近になってそれ以前から太極旗のデザインが成立したいたということを示唆する資料が見つかりました。

 

4. 深まる太極旗誕生の謎

1882年7月刊行の“Flags of Maritime Nations”という本には太極旗が掲載されています。これが図画として確認できる最古の太極旗であることが2003年に確認されたため、朴泳孝が日本に行く以前にすでに太極旗が考案されていたということになります。これによって、いつ・どのようにして国旗としての太極旗が誕生したのか?その謎は深まりました。現時点ではっきりしていることは、少なくとも、19世紀後半になって、欧米を中心とする国際法秩序に朝鮮が参画する過程で対外的に国旗を用いる必要が生じ、国旗としての太極旗が国際社会に登場したようです。

 

5. デザイン統一の紆余曲折

朝鮮王朝によって1883年に正式に国旗として制定された太極旗の規定は、「太極図と四掛の絵柄」と定めるのみでした。そのため、四卦の配置方法や色、中央にある太極文様の構図や色について、いくつものバリエーションが生じてしまう結果となりました。大韓帝国と国号を改めた1897年以降もこのような状態は継続したまま、1910年には日本により併合されました。植民地支配のもとで、朝鮮の人びとは太極旗を民族運動の象徴としました。1919年の3・1独立運動では、朝鮮各地で太極旗を手にした朝鮮人たちが「独立万歳」を叫びました。このときも太極旗のデザインの統一はされていませんでした。

その後、中国の上海に成立した独立運動組織・大韓民国臨時政府は1942年6月に「国旗統一様式」を制定して太極旗のデザイン統一を企図しましたが、臨時政府の内部でさえそれが徹底しないままで植民地支配からの解放を迎えました。1948年に朝鮮半島南部に成立した大韓民国政府は1949年1月「国旗是正委員会」を設置し、同年10月15日に「国旗製作法」を公布してデザインの統一を図りました。これにより、今日の大韓民国の国旗である太極旗のデザインが確定したのでした。

 

6. 北でも使用!?太極旗の隠れた現代史

現在、韓国の国旗となっている太極旗ですが、実は北朝鮮でも使われていたことがありました。太極旗は植民地下にあって朝鮮独立のシンボルでした。解放直後の朝鮮半島北部では人民委員会が組織されて自治を行ないましたが、彼らもまた太極旗を用いました。その後、北緯38度線以北にソ連軍が進駐して占領を開始してからもソ連占領当局は人民委員会を基盤とした支配をおこないました。これにより、ソ連軍占領下の北朝鮮でも継続して太極旗が使用されたのです。ソ連軍とともにピョンヤンに入った金日成も太極旗を背にして演説を行なっています。

当初は南北ひとつの国家として独立する予定であったので、北側のみのシンボルを制定する必要がなかったのでした。しかしながら、単一政府樹立をめぐる米ソの交渉が決裂したことで、南北分断が確定的となりました。そのため1948年、現在の北朝鮮の国旗が制定され、分断国家が成立したのでした。

 



まとめ

いかがでしたか?
国旗というのはその国そのもののシンボルですが、韓国の国旗である太極旗のだどった歴史は、韓国という国が近現代にたどった苦難の歴史をそのまま物語るものであったといえるでしょう。もしも戦後、朝鮮半島に統一国家が樹立されていたとしたらその国旗は太極旗となっていたかもしれません。しかし、今では太極旗は南の大韓民国を象徴するものとなり、民族統一の象徴としては別に朝鮮半島を模った統一旗が使われています。あなたも太極旗を見る機会があったら今回ご紹介した歴史、そして太極旗に込められた平和と調和への願いに思いを馳せてみてください。

 

韓国の国旗を徹底分析!国旗が持つ6つの秘密とは?

1. 太極旗 そのデザインの意味①:白地と太極文様
2. 太極旗 そのデザインの意味②:四隅の四掛
3. 太極旗誕生をめぐる従来の通説
4. 深まる太極旗誕生の謎
5. デザイン統一の紆余曲折
6. 北でも使用!?太極旗の隠れた現代史

 



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