フランス革命から学ぶフランス人の7つの特徴とは?

フランス革命から学ぶフランス人の7つの特徴とは?

フランス革命についてあなたはどれぐらいご存知でしょうか。世界史が大好きで、独自にフランス革命についての書物を読んだ事のある方以外は、聞いた事はあるけれど詳しくないと言う方が多いと思います。そこで今回は、フランス革命がなぜ起きたかと、そこから見えるフランス人の性格や特徴を、色々な角度からご紹介します。

 

フランス革命から学ぶフランス人の7つの特徴とは?

 

1. フランス革命とは

簡単に言うと1789年7月14日から1799年にフランスの市民が起こした「市民革命」です。この革命が起こる事になった原因はルイ14世以降の王族の浪費によるもので、直接の原因は国の財政が破たんした事です。18世紀のフランスにはアンシャンレジーム(旧制度)と呼ばれる階級制度が残っていました。これは第一身分の聖職者0.5%・第二身分の貴族1.5%・第三身分の平民98%により構成されており聖職者と貴族を合わせてもフランスの全人口2%しか居ないにもかかわらず国土の40%を支配している上に納税の義務もありませんでした。よって納税者は平民のみ。ですが天候も悪く農作物は不作で飢饉が発生、物価は上がり失業者も増大していました。納税義務のある平民達は財政が破たんしたのはルイ16世の王妃マリーアントワネットの浪費だと信じ込んでいた為に王政への不満が爆発し、革命が勃発しました。

財政破たんの理由は、ルイ14世による軍事費用の増加やルイ14世・15世による煌びやかなベルサイユ宮殿の建設と歳費の増大と、連年の日照不足によっての農作物の不作による飢饉やブルジョワの形成などです。国王は国は国家の私的財産と言う考えであり、王妃は自由奔放で贅沢三昧だったために国民からの不満はあっても信頼は全くありませんでした。起こるべくして起こった革命と言えるでしょう。

 

2. バスティーユ牢獄襲撃事件から見える「時間を気にしない性格」

1789年7月14日に起こった事件でフランス革命のきっかけとなりました。国王により市民に人気だった財務大臣のネッケルがクビになってしまい市民はパリに軍隊が押し寄せて来て自分達を弾圧すると恐れました。その為、市民は自営する為に武器や弾薬を手に入れようと考えます。そこで要塞であり武器弾薬を所持しているバスティーユ牢獄を襲撃します。

フランス革命のシンボルになっていますし観光旅行でも必ず訪れる有名な場所ですが、実際にはここは監獄として使われてはいましたが政治犯が収容されている訳ではなく身分の高い囚人用の贅沢な設備を備えた素敵な監獄で、全く関係のない囚人がたったの7名だけ捕らえれていました。

さて、この事件は最初は民衆の代表者が3名、バスティーユの司令官と交渉をするために中へ入りました。そこで司令官は代表で来た3名を丁寧にもてなします。フランス人はもてなす時には必ずお酒や食事を出してくれます。日本とは違って食事の時間が長いのがフランス人の特徴です。まず食前酒から始まって会話をしながら食事をするので軽く2時間ぐらいはかかります。このために交渉時間を大幅にオーバーしてしまい、外で待っている群衆があまりにも遅いので殺されたと勘違いして一部の者が前庭に乱入し守備兵と戦闘になりました。フランス人は余り時間を気にしないところがありますので重大な時でも遅れる事があるのが特徴です。

 

3. デモ行進は日常的な事

1789年10月5日に起こった事件です。数千人の女性達が長く続く凶作でパリの食糧事情が悪化して困窮している事を国王に訴えるためにヴェルサイユ宮殿へ大行進しました。この女性達はパリの貧民街のサンタントワースの主婦達でこの中には女装した男性たちも含まれていました。衛兵所に若い女性たちが早朝に押し入り太鼓を奪って「パンをよこせ!」と大勢の女性達を伴いながら行進し約7千人の女性がパリ市庁舎へ集結しました。この後、男達と共に武装した女性達がバスティーユ襲撃事件の英雄の船頭によりヴェルサイユ宮殿へ押しかけます。途中から雨が降っても約25キロの距離を大砲を引きながら6時間歩き続けました。

フランス人は雨が降っても傘を差す習慣がありません。濡れても乾くと言う考えなので結構な雨が降っていても頭に何かを被ってしのぐ人が多いです。またデモ行進が大好きな国民でもあり日本のデモとは全く比べ物にならないぐらいの大きなデモ行進をします。フランス人は何か問題が起きると老若男女関係なく理想のフランスと言う国を作る為に立ち上がります。フランスでデモが起きる場合には必ず警察が沢山出動して道路を閉鎖したり交差点をガードしたりします。参加人数が日本の非ではありませんので道路に警察車両や警官が複数いる場合には巻き込まれない様に十分に注意して下さい。

 

4. フランス人は残酷なショーでも大興奮

1792年にパリの選出議員で内科医だったギヨタンが受刑者が痛みで苦しまない様に、刑の執行が迅速に出来る様にと提案し死刑の平等を主張しました。それまでの死刑は平民は絞首刑、貴族は斬首刑と決められており女性は火炙りなど他にも残忍な刑が存在しました。この貴族における斬首刑では執行人が斧を振り下ろして切断するか剣を突き刺して力任せに落とすと言う原始的な方法でした。力不足ですぐには死ねないなどの問題も色々とありました。発明当初は刃の形は三日月でしたがルイ16世により斜めに真っ直ぐにした方が良いと言われ改良されました。切れ味は抜群で処刑にかかる時間も短くなった為に。1日に執行出来る数が増加しました。1939年に公開処刑が非公開になり1976年まで現役で活躍しておりましたが1981年のミッテラン政権により死刑が廃止になり以後は博物館に納められています。

公開処刑はフランス人にとっての娯楽であり大人気でした。処刑場では場所取りまで行われていたそうです。何かショーが行われる様な感覚で楽しんでいたと言われます。ギロチン刃が落ちる瞬間はまさに大興奮だったそうです。フランスではどんな田舎でも何かある時にはこんなに人が居るのかと思うぐらいの観客が押し寄せます。非常に好奇心が旺盛な民族です。複数の処刑が行われる時には結構な時間がかかりますがフランス人はお喋りが大好きなのでどんなに長時間でもその場にいる人と適当に話をして盛り上がれる人が多いのが特徴です。

 

5. フランス人女性の特徴

1793年10月16日にルイ16世の王妃マリーアントワネットが処刑されました。馬車で革命広場に到着したマリーアントワネットは取り乱す事なく自ら荷馬車から降りて毅然とした態度で処刑台の階段を上りました。頭に被っていた帽子を自分で振り落としてから執行人に身を委ねました。処刑の前夜には眠らずに義妹へ遺書を書き「犯罪者にとっての死刑は恥ずべきものだけれど無実の罪で断頭台に送られる事は恥ではない」と書かれていました。処刑台での最後の言葉は「さようなら子供達。あなた方のお父様の所へ参ります」でした。12時15分に死刑執行されましたが埋葬許可証が出なかったために半月近くも膝の間に頭を置かれた状況でマドレーヌ墓地の草むらに放置されていました。

フランスの女性は本当に心身ともに強いです。自分に落ち度があっても絶対に謝る事がなく日本とは対照的なのですが正しいのは常に自分自身だと信じています。また愛想笑いもしませんし見知らぬ人間に対してニコリともしない人が非常に多いです。また男女問わず頑固で自分が思った事は何でも口に出して言う事が多いのですが、言った事に対する責任は全くなく急にコロリと発言がひっくり返ったりするのもフランス人の特徴です。気分で発言する事も多いので注意しましょう。また自分の話は機関銃のように話しますが他人の話はほとんど聞いていない人が多いのも特徴です。

 

6. フランス人は国歌が大好き

1792年にオーストリアと開戦する事になった時に作られた歌でチュイルリー宮殿襲撃事件の際にマルセイユからパリに駆け付けた義勇軍の兵士たちが道中で口ずさんでいました。この歌は殺伐とした雰囲気のパリで市民の間に広まり流行しました。曲自体はとても元気で明るく力強い曲調なので音楽を聴いているだけでも士気が上がります。しかしながら元は軍歌ですので歌詞は周辺国への敵意を丸出しにした戦闘態勢抜群な歌詞になっています。この歌には1番から7番までありますがよく歌われるのは1〜2番が多いです。現代において歌詞がひど過ぎると国歌の変更を求める声も上がる事がありますが毎回立ち消えになってしまいます。

フランス人はこの国歌ラ・マルセイエーズが大好きです。1879年に法律により国歌に制定されてから現在に至ります。2007年のサルコジ政権により学校で国歌の指導をする事が義務付けられましたが指導は学校長にお任せなので特に問題は起きていません。また実はフランスには移民が多くフランス国歌を知らない人も沢山居ます。よくサッカーやラグビーの試合などで国歌が流れる時に歌わない選手が居ますが単純に知らないだけの人も居るのです。

さてこの歌の歌詞ですが繰り返しの部分だけご紹介しましょう。


武器を取れ我が市民らよ 隊列を整えろ 進め!進め! 敵の不浄なる血がわれらの畑の畝を満たすまで!

確かに歌詞的に物騒な雰囲気が漂いますが戦時関係の式典などでは必ず歌われていますし、日本よりも頻繁に国歌を聞く事が多いです。フランス人は誰かがこの歌を歌っていると必ず周囲の人間も一緒になって大声で歌う特徴があります。スポーツ観戦の時などテレビのあるカフェやバーでも歌っているのが見られます。あなたが一緒に歌っても歓迎される事間違いなしです。

 

7. フランス人はナポレオン嫌い?

フランス革命の末期に現れた英雄です。1795年に王党派の反乱軍にパリの中心地で効率良く的確に、そして容赦なく砲弾を浴びせて反乱を鎮圧し国内の総司令官に任命されました。26歳の若さでイタリア遠征総司令官に抜擢され欧州諸国を制圧していきます。若くて陸においての戦争で勝利を収め続けるナポレオンは当時の国民にとってはまさに英雄でしたが、エジプトへの遠征で失敗しフランスへ戻ります。国内は大混乱中でナポレオンの勝利で得た領土も取り返されてしまいました。革命政府に民衆が愛想を尽かしていたところへナポレオンが凱旋してきたため、彼を担いでクーデターを起こして成功します。これによりナポレオンが国の実権を握るようになりました。しかしながら民衆が求めたものは独裁者でもなければ帝政でもなく腐った総裁政府を立て直してくれる英雄でした。以後ナポレオンはイギリスへの経済封鎖に失敗し失脚します。

日本ではナポレオンと聞くと凱旋門やフランスの英雄のイメージが強いかも知れませんが、フランスではナポレオンはあまり好かれてはいないのが実情です。ですのでフランスではナポレオンの話は自身にしっかりとした概念が無ければ口には出さない方が良いでしょう。フランス人は議論が大好きで政治にかかわる話も大好きで常に他人の意見を聞きたがりますが、素直に聞く訳ではなく真っ向から否定して楽しむ習性があります。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?
日本ではフランス革命は漫画や映画などの影響もありマリーアントワネットが非常に有名ですがフランスでは全く重要視されていません。有名な「パンが無ければケーキを食べたら」と言うセリフも実際には発言していないのです。今回はフランス革命の中からフランス人らしい特徴や性格の見える物をご紹介させて頂きましたが、興味があればフランス革命の書物に目を通してみるのも面白いと思います。他にもフランスの歴史が見える事でしょう。

 

フランス革命から学ぶフランス人の7つの特徴とは?

1. フランス革命とは
2. バスティーユ牢獄襲撃事件から見える「時間を気にしない性格」
3. デモ行進は日常的な事
4. フランス人は残酷なショーでも大興奮
5. フランス人女性の特徴
6. フランス人は国歌が大好き
7. フランス人はナポレオン嫌い?


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